筋肉の緊張を抑える~手足のこわばりを和らげる方法5選~
1.はじめに 痙縮(けいしゅく)とは
痙縮とは、脳と筋肉を結ぶ神経繊維の興奮(アクセル)と抑制(ブレーキ)に不釣り合いが起きることで生じます。
以前は錐体路(いわゆる手足の運動を支配している神経路)の障害により生じると考えられていましたが、
現在は他の神経経路も障害されて出現すると考えられています。
いまだに詳細な痙縮の病態生理は解明されていないのです。
2. 痙縮による運動への影響
図1:脳卒中後の主な神経症状
脳卒中などにより上位運動ニューロン(運動をコントロールしている神経の中枢部分)が損傷することで図1のような症状が現れます。
これら表のような症状は原因となる疾患の重症度、病期などにより様々な症状が組み合わさっていきます。
痙縮の主な症状は筋緊張の増加、反射の亢進(出過ぎ)などが挙げられます。例えば立ち上がった際に麻痺側の肘が曲がる方向に意図せず力が入ることや、立った状態から座った際に麻痺側の踵が下り切らずに、震えるなどの症状が当てはまります。
一方で痙縮は、立位や歩行時の支持、麻痺筋の補助、筋量や骨量の維持、血液循環の補助などの役割があると言われており、その症状自体が必ずしも不都合であるとは限らないことには留意ください。望ましくない過剰な筋活動を抑え、その方の機能障害や能力低下を改善することが治療の大目標と言えます。
3. 痙縮の治療法
まず初めに、治療を進める上で大切なことがあります。それは専門家(脳神経外科、神経内科、整形外科、リハビリテーション科など)の治療方針や知見を聞き、ご本人の希望を織り込んだ治療目標、ゴールをできるだけ明確に決定することです。
目標の具体例:
歩行能力の向上、姿勢や手足のフォームの改善、補装具の簡略化、痛みなどの苦痛の軽減、衛生の改善
ここからは治療法の紹介をしていきます。
3-1. 増悪因子の管理
痙縮の増悪因子は、以下のような要素が関連しています。
- 重度の運動麻痺
体の一部がほとんど動かなくなる状態です。例えば、腕や脚が思うように動かせなくなり、日常生活に支障をきたします。
- 感覚障害
触った感覚や痛み、温かさや冷たさを感じにくくなる状態です。例えば、手を火傷しても痛みを感じない場合があるので、怪我のリスクが高まります。
- 広範囲の脳病変
脳の広い範囲にダメージがある状態です。このダメージが原因で、運動や感覚、記憶、思考などに問題が生じます。
- 関節拘縮
関節が硬くなって動かしづらくなる状態です。例えば、膝が曲がりにくくなると、椅子に座ったり立ち上がったりするのが困難になります。
- 生活の自立度
自分一人でどれだけ日常生活が送れるかを指します。例えば、食事をしたり、着替えたり、トイレに行ったりといったことが自分でできるかどうかです。
- 痛みの訴え
どこかが痛いと感じることです。例えば、腰や膝が痛むことがあり、これが原因で動くのが難しくなることがあります。このように多くの複合的な要因によって悪化する可能性が挙げられています。
運動麻痺や感覚障害に対する対策は筋緊張の悪化を防ぐことにもつながるかもしれません。痛みへの対処も不可欠です。他には床ずれや便秘、感染症、不良姿勢、フィットしない装具や衣服などにも注意が必要です。
3-2. ボツリヌス療法
ボツリヌス毒素(ボツリヌス毒素A, BoNT-A)は、脳卒中後の痙縮や脳性麻痺など多くの神経学的状態に対する効果的な治療法として広く認識されています。BoNT-Aは、過活動な筋肉を弛緩させることで痙縮を軽減し、患者の生活の質を向上させることが期待されます。最新のガイドラインや研究からも、その有効性が支持されています。
本邦のガイドライン⑴でも手足ともに「痙縮を軽減、もしくは運動機能を改善させるために、ボツリヌス毒素療法を行うことが勧められる」とされています。
ただし注意点があります。
- ボツリヌス毒素の効果は一般的には注射後1~2週間で現れはじめ、ピーク効果は4-6週間後に達します。その後効果は徐々に減少し、通常3-4か月で効果は消失します。そのため多くの方は再度注射を受ける必要があります。
- 運動機能、痙縮を改善させるためには、訓練(リハビリテーション)を継続して併用する必要があります。
注射だけでは得られる効果が期間限定となってしまいます。そのため、一時的に筋緊張が緩和している状態の時に、集中的に目的とする動作練習を行うことでより質の高いトレーニングができると考えられています。
※医療保険の現状では、一般的に外来で実施されるケースが多く、入院中に施行される割合は比較的少ないと考えられます。
主な理由は以下です。
診療報酬の取り扱い:ボツリヌス療法は通常、外来での施行が標準となっており、外来診療報酬として設定されています。入院中に行われる場合は、他の治療とともに包括評価されるケースがあるため、病院側としても入院中に実施するメリットが少ないと判断することがあるかもしれません。
この現状は、個々の病院や患者の状況によって異なる場合もあります。
3-3. リハビリテーション
1.理学療法、作業療法
・ストレッチ
筋肉のストレッチング痙縮を緩和するために広く用いられる方法です。ストレッチ単独でも一定の効果があるとされていますが、物理療法など他の治療法と併用されることも増えています。
・レジスタンストレーニング
筋力増強訓練が痙縮に悪影響があるのではないかと考えられることもありましたが、2020年のシステマティックレビュー⑵では、トレーニングにより筋力、運動機能、生活の質などのアウトカムに対して有益であることが示されましたが、痙縮に対しては他の治療法と差は見られなかったとされています。
・促通反復療法(川平法)
過去の記事で紹介しています。詳しくは脳卒中リハビリにおける”促通反復療法”とは?をご確認ください。
2.物理療法
・温熱療法
疼痛の軽減と筋緊張の緩和を目標に実施します。
・振動刺激療法
ハンディマッサージ機を使用して局所の筋肉に当てて実施します。脳卒中後痙縮に対して有効性が示されています。⑶
機器は比較的安価ですので家庭でも導入しやすい方法です。
・体外衝撃波
体外衝撃波療法(たいがいしょうげきはりょうほう)とは、痛みや筋肉のこわばりを和らげるために使われる治療法です。この治療法では、機械から出る「衝撃波」という振動を体の表面に当てることで、筋肉をほぐしてリラックスさせます。また、この治療法は、針や薬を使わずに行えるため、安全で体への負担が少ないのも特徴です。
例えば、ある研究では体外衝撃波療法が痙縮を短期的および中期的に改善し、その効果が少なくとも4週間持続することが示されています。
電気刺激療法
過去の記事で紹介しています。詳しくは電気刺激療法についての解説記事をご確認ください。
4. 装具療法
装具は関節可動域制限の予防や変形の矯正に有効です。適切な関節角度を保持することができるため持続的な伸長を加えることが可能です。装具療法が脳卒中患者のバランスや歩行機能を改善するという報告があります。一方で、特定の装具が痙縮そのものを直接的に軽減する効果が確認されなかったという報告もあり、痙縮そのものに対しての有効性は明確にはなっていません。装具療法は、脳卒中後の痙縮管理において一定の効果が期待される一方で、個々の利用者や使用する装具の種類によって異なるため、個別の評価と選定が必要です。
例1:多くをベッド上で過ごされる上肢運動麻痺を呈する方
手を伸ばす機会が少ないです。そこで上肢装具を装着することで筋肉をストレッチする時間を作ることができます。
例2:立位が可能な下肢運動麻痺を呈する方
足首をまたぐ短下肢装具を使用することで足関節を矯正でき、ふくらはぎや太腿裏の筋肉を伸ばすことができます。
5. 終わりに
痙縮は入院時から退院後の日常生活まで継続して現れる脳卒中後の代表的な症状の一つです。要因も多様であり、複数の治療法を組み合わせることも重要です。痙縮治療はリハビリテーションにおける重要なテーマであり、現在も研究や新しい治療法が考案されています。お悩みの方はまずは、お近くのかかりつけ医やリハビリの専門家に相談をしてみてはいかがでしょうか。またAViCでも痙縮に対するリハビリテーションを実際に体験していただくことが可能です。お気軽にお申し付けください。
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